|隠された物語|

 

ホテルで、女中が小夜に明かした、あの時についての物語.

そうだ、なんと懐かしい.あの時から苦汁の日々が始まったのだ.

私についてだ. 

 

 

 

 

神は大地であった.

しかし、彼は、その意味を理解していなかった.

 

 

創造

彼は、始めの五日間で、あらゆるものを創造した.

  • 彼が創造したありとあらゆるものは、それらは深淵であって、私たちが、“ それ自体 ” と呼ぶものであって、具体性の欠如した状態であり、私たちが想像することもできず、その故に深く、手を付けることさえままならなかった.
  • 彼は、始めの五日間でそのようなものを創造してしまったのだ.
  • 彼が創造した、ありとあらゆるものは、そのようなものであったので、“ いまだ小さき夜のために ” や “ 賑やかなメモ ” のように、いまだ、ばらばらであった.
  • 彼が、始めの五日間の最後に、ありとあらゆる創造の最後に創造したものは、“ 欺き ” であった.
  • “ 欺き ” は、その性格上、他の被造物から孤立した.
  • 彼は、“ 欺き ” の扱いに手を焼いた.
  • 彼が、ありとあらゆるものを創造したのは、大地であるところの自分自身を作るためであって、彼の関心は、自分自身であるところの大地のみであった.
  • しかし、彼は、いまだ、自分自身であるところの大地の意味を理解することはできなかった.

 

 

六日目、彼は人間を創造した.

作り方が異なっていた.

 

 

七日目.

彼は、休息すべきであった.彼は、焦りすぎていたのだ.

彼は、休むことなく、深い沈黙と孤独の中で、大地であるところの自分自身を作り上げるための方策を練った.彼が最初の五日間で創造した、ありとあらゆるものの一つであるところの、沈黙と、孤独の中で.

すでに、彼は大きな過ちを犯していたのだ.彼は、あまりにも浅はかだった.

 

 

彼の企て.

  • 彼は、人間に、地をめぐり巡らせ、神であるところの大地を耕させることを思いついた.彼は、そのようにして、大地であるところの自分自身を形作ろうとした.
  • アイデアは良かったのだが、やり方がまずかった.
  • 人間を楽園から追放することが必要であった.そのためには、理由が必要であった.
  • 彼は、彼と人間との間に、ある一つの約束を設け、それを破らせることで、人間を楽園から追放する理由にしようと思いついた.
  • 彼は気づかなかった.自ら創造した沈黙と孤独の中で思いついた策など何の役にも立たないことを.それらが、いくら深淵であったとしても.
  • 彼は、まだ幼く、愚かだった.

横滑り、幽閉、乱脈、乱倫の記載.欺きは横滑りと常に対となっていた.

欺きの欺き、またの名を乱脈、転じて乱倫、即ち.

見るに麗しく、触れるに麗しく、語るに麗しく、嗅ぐに麗しい.


企ての実行.

  • 彼は、その扱いに手を焼いていた、“ 欺き ” を利用することを思いついた.
  • 先ず、彼は、人間とある約束を結んだ.「ヱホバ神其人に命じて言たまひけるは園の各種の樹の果は汝意のままに食ふことを得 然ど善惡を知の樹は汝その果を食ふべからず 汝之を食ふ日には必ず死べければなり」
  • 彼は、“ 欺き ” にこのように語った.「もし、彼らに、彼らが私と結んだ契約を破らせることができたなら、お前を愛に変えてやろう. 」と.
  • “ 欺き ” は喜んだ.
  • “ 欺き ” は、彼との約束通り、エバに禁断の木の実を食べさせることに成功した.そして、エバはアダムにも食べさせた.エバとは、即ち、“ 欺きの欺き ”.
  • 神は、自分との約束を破った、アダムとエバを楽園から追放し、大地を耕すことを命じた.
  • そして、彼は、彼と人間との約束を破らせた者として、“ 欺き ” をも罰し、“ 欺き ” をも楽園から追放した.彼は、“ 欺き ” を裏切ったのだ.
  • 裏切られた “ 欺き ” は、這う者とされ、地を這い巡り、身体中に傷を負い、ある高台へとたどり着いた.

以下、[ 蛇潜り、漆芸の家 ]、蛇晒の言い伝えへと続く・→

 

 

ふしだらな血、ふしだらな血の系譜の起こり.

  • 寧ろ、誘惑されたのは、神であり、“ 欺き ” であったのかもしれない.
  • “ 欺き ” が、エバを誘惑したとき、“ 欺き ” はエバを愛した. ( エバが “ 欺き ” を愛したかどうかは分からないが、) 、そして、二者の間に、ある一つの血が生まれた.
  • その血は、ふしだらな行為の結果生まれたがゆえに、長い間覆い隠され、閉ざされ、次第に忘れ去られた血筋でもあった.
  • “ 欺き ” を哀れんだ神は、その血筋を絶やすことなく、自分が追放した “ 欺き ” に仕えるものとして、その血筋を存続させた.
  • その血を受け継ぐ者たちは、皆共通して、白い肌をしていた.その血が表に現れるように.
  • その血筋は、細く、弱々しかったが、途切れることなく、継続した.
  • その血は、ふしだらな行為によって生まれた血筋であったので、“ ふしだらな血 ” と呼ばれた.
  • “ ふしだらな血 ” の存続を、快く思わない者たちがいた.それが、ふしだらな行為によって生まれた血であるがゆえに.

[ 初原、行列する集落 ] 、小夜の母が、小夜に語った、初原の言い伝えへと続く・→

 

 

 

“ 欺き ” の欠如、不全の状態の始まり.

  • 彼は知らなかったし、気づかなかった.自身が創造した、各々についての知識が欠如していた.
  • “ 欺き ” は、“ 横滑り ”を伴っていた.“ 欺き ” と “ 横滑り ” とは、常に対となっていた.
  • あれほどの修辞、今はその抑揚も失われ、即ち、大地の荒廃.
  • 神は、“ 欺き ” を失ったので、“ 横滑り ” も同時に失い、神の生成は停止し、彼は、孤立した.即ち、神であるところの大地は、荒廃した.
  • 多くの者たちが、彼のもとを離れ、他の神々に従った.
  • 神は、「私のもとへ帰れ、一体、私があなたたちに、何をしたというのだ. 」、「私は、いつも、あなたたちの傍にいるではないか. 」と叫んだが、誰の耳にも届かなかった.
  • 自らを、神の言葉を預かる者と称する者たちが数多く現れて、数多くの言葉を語った.彼は、「私は、そのようなことを語った覚えはない. 」と何度も否定したが、誰の耳にも届かなかった.
  • 既に文法が異なっていた.

 

 

不全の顕在化.

  • さらに時が下り、神の孤立は顕著となった.
  • 自らを “ 福音を伝える者 ” と称する多くの者たちが現れて、神の愛を語った.神は、「私には、あなたたちが語るところの愛などない. 」、「それは、あなたたちが、勝手に作り上げたものではないか. 」と否定したが、やはり、誰の耳にも届かなかった.
  • 彼は、人間が語るところの愛など、何の関心もなかったし、彼の関心は、大地であるところの、自分自身のみであった.しかし、彼は、“ 大地であること ” の意味を、いまだ理解してはいなかった.
  • さらに時が下り、彼は、ある場所に閉じ込められた.そこは、薄暗く、黴臭く、多くの書物が積み重なり、即ち、私たちが呼ぶところの、修道院の図書館.
  • 彼は、人間によって、言葉と活字を積み重ねられ、その重さに耐えきれずに、呻き声をあげたが、その声は、どこにも届かなかった.修道院の壁は、想像以上に厚かった.
  • 彼は知らなかった.彼の周りには、悪意が蔓延っていたことを.そうだ、あの時、あの洪水でさえ、彼は止められなかったではないか.既に、彼は孤立していたのだ.
  • 彼は今でも気づかないのだ.彼はいまだ、世間知らずで、お人好しなのだ.

 

 

臨終の苦しみに喘ぎながら、最期の言葉を出だした者がいた.

その者は、「なぜ、私をお見捨てになるのか. 」と問うた.その場に集まった多くの人たちは、神の返答を待って、天を見上げた.神は、「あなたたちは、一体どこを見ているのか.私はそこにはいない.私は、あなたたちから、隔たりなく、隔たれた場所にいるというのに. 」と言ったが、その声は、誰の耳にも届かなかった.

彼は後悔した.彼は、いつも後悔ばかりしているのだ.

皆が、天を見上げる中、私と彼だけが、地に耳を傾けていた.私は、彼を見たし、当然彼も私を見た.

 

神は、意味の困窮の中から、最期の言葉を出だした.

「・・・・・私が、愛して止まない者とは、あなたではない.あなたの知らない、あなたとは、別の者だ.私の語る愛とは、あなたの語る愛とは、まるで異なるものだ.もう、私から離れろ. 」 輪郭の滲んだ物語、冒頭のテキストへ・→

 

小夜、踊ろう、小夜、